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 日本群読教育の会 会報 36号   2003. 4.25

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 ●目次●
   実行委員会よりのお知らせ  姫野賢一
   記念号原稿
      この実践に学ぶ  加藤・松本・山口・毛利・澤野実践に学ぶ
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 ◆実行委員会よりのお知らせ  姫野賢一◆
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 新学期から,そろそろ家庭訪問や学年始の授業参観などと慌ただしくされていることだ
と思います。
 大分県全国大会実行委員会は,e-groupというe-mailネットを立ち上げました。
 大分地区在住の首藤政秀さんが,がんばってくれました。パソコンも頑張っている方で
すが,サックスがとても上手いです。吉永小百合が来県の際に,指揮もなさった方です。
 下記ページへ行き、登録手続きを行ってください。
http://www.egroups.co.jp/invite/gungoku?email=iemoto%40pg7%2Eso-net%2Ene%2Ejp&
iref=UmrR6mkYUuyf_6qMwFd925s3njQ

 力強い味方に支えられ,現在,大分県では,2次要項配布にも取り組んでいます。組合
や各種教育団体,市民活動をしている団体(読み聞かせなど)にお願いしているところで
す。
 さあ,あと大会まで103日。精一杯にがんばります!!
 特に,再度お知らせします。夏の湯布院は,予約なしの宿泊はありません。早めにしな
いと泊まる宿がなくなりますよ。
 申し込み先       http://www.kinrou.or.jp/yuhuin-heights/

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 ◆原稿はすべて集まりました◆
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大会記念号「群読実践報告集」(仮称) の原稿はすべて集まりました。ありがとうご
ざいました。
 高文研で出版しますが、連休明け、担当者の山本邦彦氏と最終打ち合わせをする
予定で います。
 以下、記念号の最終原稿です。

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 ◆加藤実践に学ぶ     重水健介◆
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 加藤先生は、「子ども一人ひとりを主役にしたい。まとまりのよさもみせたい」という
ねらいをもって、学習発表会で群読を取り上げた。この実践から、大きく次の三つのこと
を学んだ。
 第一は、群読教材の学習からはじめたことである。
 群読は、たんに大きな声が出せたか、声がそろっていたかという技術的なことに目がい
きがちだが、加藤先生は作品の学習からはじめている。群読は、作品理解の深まりに見合
って、その表現も豊かになるというセオリーがある。教師が詩を読み、「どこがおもしろ
いか」を問い、「こうしたほうがいいというところはみんなで変えていこう」と、子ども
の学習をうながしていく。そのことが「ふと気づいたように」「にっこりと」「残念そう
に」などの、いろいろな「あめ」の読み方を導いた。
   第二は、場面設定のおもしろさである。
 登場人物を「学校帰りの子」「雨の子」に分けているが、「雨」に人格を持たせた点が
ユニークである。「だれもが主役に」という加藤先生の意図が貫かれている。先に述べた
、 さまざまな雨を「雨の子」自身が表現しているが、このような役割分担の技法があったか、
と加藤先生の柔軟な発想に驚く。
第三は、群読で得た力の発展である。
 加藤学級では、群読が行事における発表で終わることなく、学級活動の活性化につなが
っている。その後の合唱の高まりや、授業や学級会などにみる子どもたちの姿からそれが
わかる。加藤先生が伝えようとした「声を合わせる楽しさ」を確実に子どもが身につけて
きたということである。また、寡黙なM子が、まわりの子どもたちの支えによって声を出
せるようになったことにも、群読活動の成果を見ることができる。
 群読を契機として学級が高まり、一人ひとりの子どもを伸ばす力につながるという、群
読教育の理想に迫る実践として高く評価されるだろう。
                              <重水 健介>

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 ◆松本実践に学ぶ     重水健介◆
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   例年実施される広島への修学旅行で、松本先生は子どもの企画による平和集会を構想し
た。その長期にわたる実践が記された、この報告から学ぶことは多い。
 第一は、平和教育の一環として修学旅行を位置づけたことである。修学旅行のとらえ方
はさまざまであるが、松本先生の学校では、「生命の大事さや尊厳を実感する」という明
確なねらいをもってとりくんでいる。修学旅行を、楽しみ中心型に終わらせず、平和教育
を深める一大行事としているこの実践は、修学旅行の指導に一つの方向性を与えるもの
で ある。
 第二は、修学旅行へのとりくみが一連の授業になっていることである。
 10月の修学旅行に向けて、松本先生は6月から指導をはじめている。しかも、その内
容は、文学教材の学習、戦争体験の聞きとり、夏休みの調べ学習、群読教材の学習とシナ
リオづくり、というように、深く多彩である。子どもの作文からも、原爆や戦争について
理解を深め、平和にかんする問題意識が育っていることがわかる。学習の深まりが、子ど
もの自発的な行動に結びついているわけで、授業の理想を示すものとして、大いに学びた
いところである。
 第三は、子どもたちの企画を重視したことである。
 松本先生は、実行委員を募り、集会の案を考えさせ、千羽鶴や平和の願いを込めた群読
などのアイデアを引き出している。また、既存の詩を題材にして、実行委員に群読のシナ
リオをつくらせている。子どもが主体となる行事とはこういうことだろう。
 第四は、脚本表現の工夫である。
「重々しく読む」「連の間を充分とる」「読点を入れ、コーラスの全員が息つぎをする」
「終盤にいくほど力強く読む」。こうした演出により、重厚で迫力のある群読になる。作
品の主題を的確に表現する技法として参考にしたいものである。
 松本先生の平和教育に対する造詣の深さと子どもを伸ばす熟練のわざの輝く報告であっ
た。                          <重水 健介>

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 ◆山口実践に学ぶ    重水 健介◆
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 年度始めの学年集会で、教師が、子どもたちへのメッセージを群読で発表した実践が報
告されている。  この実践からいくつもの教訓を得た。
 第一は、学年教師の指導姿勢である。
「校則の徹底」や「教師の威厳」という管理的な姿勢でなく、子どもを励まし、やる気を引き
出そうとした教育的態度である。指導とは子どもの意欲に結びついて成立するからである。
 第二は、脚本の工夫である。
「先生方は子どもの前で発表することに慣れていなかった」教師たちが、すぐに群読を発
表できるように、山口先生は脚本を工夫した。
 各教師のソロを多用し、自分のパートに集中しやすくしたことや、重要文をコーラスに
して、思いがはっきり伝わるようにしたことである。
 第三は、取りあげた作品のよさである。
「心に太陽を持て」という詩は、わかりやすい表現で、子どもたちに勇気を与える内容で
ある。各文も読みやすく、まさに群読に適した題材といえる。
第四は、教師の文化性と指導の輪の深まりである。
 教師の群読に、子どもたちは拍手喝采だったとある。教師の気持ちがストレートに伝わ
ったからであろう。この群読の成功に励まされ、学年教師は、卒業前の学年集会で、四部
合唱に挑戦している。「みんなで一つのことを発表するのは結束が深まっていいわね」と
話す教師の言葉から、教師間の親密さが増し、指導の輪が広まっていったことがわかる。
 第五は、山口先生のリーダーシップである。
「群読をやりましょう」と呼びかける山口先生は、けっして強引ではない。下地を支える
仕事は自らが引き受けながら、実践の賛同者を増やしてる。だから、まわりが呼びかけに
応じたのである。群読の成功だけに目を奪われることなく、こうした山口先生の姿勢も学
びたいものである。
 教師の意思を集団で示し、子どものやる気を高めた実践として、広く推奨したい報告で
あった。                        <重水 健介>

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 ◆毛利実践に学ぶ   片桐 史裕◆
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 学校教育において研究途上である群読を教育の「文化」として定着させるのはとても難
しい。しかし、毛利先生は教科担任の強みを発揮して、授業のなかで群読をとりあげ、群
読文化を根付かせ、「まとめ」にあげた四問題をみごとにクリアしている。その特徴は、
文化創造が「個→班→学級→学年」へピラミット的な階梯をへて、つながれていくことに
ある。
 毛利先生から学んだことは次の三点である。
 一点目、まず、個の創造から出発したことがすばらしい。脚本はまず個人がつくる。そ
れを班でまとめる。さらに、学級としてまとる。発表会と話し合いを用いて、表現上のす
ぐれた点、困難点などを出し合い、それらをまとめて学級共有の財産とした。
 二点目、各学級の文化を学年の文化へと高めていく過程がすばらしい。学級は不思議と
独自の文化をうみだす。たとえば、静かな学級、騒がしい学級と、生活文化もさまざまあ
ることからもわかる。したがって、学級から創造される脚本も、それぞれの文化を反映し
たもので、他の追従を許さない、その学級独自のスタイルをもっている。
 毛利先生は、そういう学級文化が色濃く反映した脚本を他学級に紹介することにより、
文化の交流を図った。毛利先生は三学級の国語を担当しているが、その三つの学級を「つ
ないだ」のである。生徒たちは、他の学級の脚本を読み合い、その脚本の良い点、問題点
を学びつつ、その集約のうちに洗練された学年の脚本をつくりあげた。
 三点目、生徒の力の引き出し方がすばらしい。毛利先生は「この脚本がいい」と押しつ
けることなく、生徒の試行錯誤を許容しながら、脚本をつくらせている。本文中にある1
年4組の話し合いは、その好例である。理解と表現の一致という点で、きわめて高度な話
し合いを組織していた。
 この報告は、教科活動の新たな地平を拓く先導的な実践であった。 <片桐 史裕>

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 ◆澤野実践に学ぶ   毛利  豊◆
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   澤野さんは、ユーモアと包容力のある先生だなあと思わず微笑んだ。そして、気合いも。
 学ぶことの第一は、子どもの教育をめぐって共育の温かい輪を職場につくっている点で
ある。これはひとり校長の人柄だけではないと思う。確かに管理職型や小役人型ではない、
教育者型のしかも構想力や詩心まである望ましいリーダーではある。しかし、砂漠に落ち
た種は芽を出せない。同じく、リーダーをリーダーたらしめるのは、教職員集団である。
こういう職場づくりが良いなあと、近年つくづく思う。
 第二に、「気合いとノリ」である。難しいセリフは一つもない。力強い声と元気な囃子
言葉だけから成る。それなのに子どもたちは最高潮の部分を飽きもせずに何度もやりたが
り、主導するソロが子どもたちの目標にさえなっている。このノリは、(何回か繰り返す)
(だんだん早く繰り返す)という、アバウトな、演技者に任せる脚本から生まれている。
ソロが唱導し、アンサンブルやコーラスが追いかける。その場の勢いに乗り、ソロの絶妙
の判断で、次の場面に移行する。漸増的に高まる、待ったなしの緊迫感・臨場感が、全校
を興奮のるつぼに惹きこむのであろう。掛け声だけから成る力強い群読は、このように表
現したいものである。
 第三に、セリフにある遊び心である。「おと−ちゃんのためなら〜」という、子どもた
ちが良く口にする戯言を巧みに取り入れ、遊ばせている。こういうところにも、指導者の
ユーモアと包容力を感じる。
 第四に、群読が、調べ学習の結節点となっている点である。地域の調べ学習が、わが校
自慢の「ゆりの木」という大木の口を通して語られる。次の日から、子どもたちは大木に
特別な愛着の眼差しを向けたことだろう。郷土愛といい愛校心といい、それらはこういう
形でこそ、自然に育つものだと思う。
 ホットな心と気合い一発で「発表」を印象的に導入し、次世代にもしっかりと受け継が
れていった、記念碑的な実践である。                          <毛利   豊>